ハナビ、

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Merry Christmas, Mr. Lawrence

クリスマスに間に合ってない感がものすごいですが。
こないだWOWOWでクリスマスの夜にやってたのをみました。


意味がわからないのに泣けてしまう映画のシーンというのが自分にはいくつかあるのですが、
この「戦場のメリークリスマス」もそんなシーンを含んだ映画であります*1



ラストでたけし演じるハラが言い放つ、
「めりーくりすます、めりーくりすます、みすたーろーれんす」
で本当に意味がわからないんだけど、涙腺崩壊です。


あらすじとかはまあウィキペディアさんにおまかせするとして。
例によって思い入れとかを書きなぐります。


若かりし日はそりゃーデヴィッドボウイ美しい、でみてましたけど*2
大きくなってからみるとなんでしょうね、
ディスコミュニケーションの悲劇、ってのがテーマだったのかなと思います。


人種とか性別とかを超えて人間同士がわかりあおうとすると、
極限状況下ではたいてい命がけになってしまう、ってことかなと。
もしくは、人の価値観を変えようと思ったら、命を差し出すくらいの犠牲をはらうものだ、ってことかなと。
戦場が舞台なのでどうしても命がけになりますが、戦場でなくてもそうなのかも*3


最近、とある人からハナさんは戦争ものが好きなんですね、って言われて、
改めて見返したところ、たしかに戦争ものも多いなあと思ったものの、
私は結局なんというか極限状況系が好きなんだなと気づきました。
極限状況下に置かれたときに人が何を感じたりどう行動したりするか、
むきだしのやばい部分をみたがりなんだなと。
戦争系はもちろん、ホラー系が好きなのも多分そう。


でも、だれかのリアル体験をドキュメンタリーとして知るのではなくて、
擬似的に知ることができるフィクションとしてみてみたい。
たとえばコーヒーいれるかのように、
リアル体験をフィルターにかけてろ過して、
抽出された結果フィクションになった状態のものをみたい。
リアルに来てほしくはないんですよ。
来ちゃったら考える余裕なんかないし。
むしろ一目散に逃げます。


あと変な考え方だけど、リアル体験は必ずしも本質とも限らない、と思うのですよ。
リアルに付随するものをそぎ落として普遍化したものがフィクションであって、
そのそぎ落とし段階で、ものの本質がなんというか結晶化されるんじゃないかという気がしています。
例えば同じような戦争のドキュメンタリーをみて、
へえ大日本帝国軍の30代男性軍曹だとそういうふうに感じるのかー、ですませがちなところを、
フィクションにされるとなぜか自分の体験のように感じられるっていう現象ですね。
いちばん大事なところをとりだして、共感できる形に加工してみせているからなのか。
宝石の原石を磨いてきれいにするようなイメージかな。
だから加工していないリアル体験より、結晶化されたフィクションのほうが本質に感じられる、こともある。
フィクションのほうがリアルにまつわるあれこれの条件を批判とかせずに、かえって素直に受け止められる、人もいる(私とかね)。


あー夜ってやっぱ変なこと考えるもんだな。


さてキャストの話をします。
ボウイさんは完璧に美しいのでいうまでもないのですが、
この映画、キャストではなんといってもたけしが最高です。
のちに世界的監督になるのも納得。
「わたし、ふぁーてるくりすます!あっひゃひゃひゃひゃひゃ」とか。
どんだけうまいんだこの人、と改めてみると仰天しました。
私は芝居とは説得力であると思っています*4
そういう人間がそういう空間でそういう行動をとることを何の負荷もなく出現させてみせられるのがうまい役者。
演技がうまいといわれる役者は、実はその時点ですでにまずい。
だって演技しているのがばれちゃってるわけだから。
そこでいうとこの映画でのたけしはまじで天才です。
完全にハラ軍曹として存在しています。
なにせラストはたけしのどアップですからね。
監督も思わずたけしでしめちゃった的なね。
一方、クッソど素人な坂本龍一は、逆に印象に残るのでそれもいいんじゃないかと思います。
下手も下手なんですけど、それはそれでありだなと思うなんか変な良さがありますね。
ミュージシャンだのお笑いだのかき集めたイロモノキャスティングが大成功。
たけしも凄かったけど、要するに大島監督が凄かったんでしょうね。


ちなみに最初のほうの切腹シーンと後追い自殺
実際は相思相愛だったから、なんて初見当時(たぶん10代の頃)は気づきませんでした。
ていうかそもそも同性愛事件の話だってことにも気づきませんでした。
単に私が鈍かったのか?おこちゃまだったのか?

*1:他には「セントラル・ステーション」というブラジル映画のラストシーンとか、「シェルブールの雨傘」のラストシーンとか。やっぱりラストはやばいですね。意味がわからないなりに傾向としては、明らかに泣かせ的な要素はないけど、気づく人には気づくようにそっと悲しさを差し出されるのに弱いみたいです。

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*2:好きなタイプはデヴィッドボウイと公言していたあほな時代もありました。大学入学当時だったかな。友人が誕生日にボウイのLPくれましたっけ。渋谷陽一のすごく80年代っぽい解説がついてました。「○○ですネ!」とか語尾のねがカタカナでネだったりするのがなんか80年代っぽくないですかネ?!

*3:というのもですね、この間会社の研修で皆でわかりあおうみたいなのやったんですよ。そこでいろいろ前向きになれ的なメッセージがあったんですがそういうのは全く参考にならないわけですよ、はいはいあーいつもの前向きねはいはい前向きだといいですよね、って感じに心のうわっつらをすべるだけだったのですが、唯一本当に参考になったというか、心に響きまくったことがあったんですね。それは「他人は変えられない」というメッセージなのですよ。自分は変えられても、他人は変えられない。これですよ。自分の言い分で他人を説得とか、よくやりがちなんだけど、いや無理なんだよね!相手と同じ考えでない場合には!うまくやろうと思ったら、自分にとっても相手にとってもメリットになることを提供するしか説得の道はないんだよね。すごい、それだよ、そんな本当のこと教えてくれちゃうなんて感動。だから他人の価値観を変えるという、到底無理なことをねじ曲げようとするなら命がけレベルの難関というのもわからないではないです

*4:ただの映画好きが偉そうにいってますが、演劇のはじっこをちょこっとかじった経験はあるんだよ…高校時代にまさにこの映画のピアノ版をBGMにしてさ…時代劇パロディとかやってたんだよ…若かったね…異様に若かったね…